レポート《日光ぶらり》日光はなぜ“NIKKO”に!?〜を開催しました!


5月3日(水・祝)

日光はなぜ“NIKKO”になったのか?をテーマに、建築を主眼に東町から西町へと歩きました。
晴天の中、明治、大正期の日光に想いを馳せながら、新緑のまちをぶらぶらと。

約一日かけて、日光門前の“NIKKO”の面影を探したツアー。少しだけその様子をお届けします。
案内人は、当法人理事長で自称“散歩師”の岡井です。

JR日光駅では、お馴染みのホワイトルームの他に、なんと特別に貴賓室も拝見できましたよ。(しかも、駅員さんの解説付き!)
海外の有名建築家の設計、とまことしやかに言われてきたこの建築。
最近判明した本当の設計者とは?
そのエピソードとは?

地元では「市役所」としてお馴染みの日光行政センターでは、一階と二階の大会議室も見学させていただきました。

金谷ホテル。歴史の層が気品溢れる佇まいにそのまま現れているようです。

参道を一歩入ると静かな空間が。
ここが火除け地の庭園として整備されたこと。そこに保晃会の碑が今も大きさの割にひっそりと佇んでいること。参道を行く方々のうち、一体どれくらいの方がご存知か。
さて、保晃会とは…?この書は誰が書いたものか?

日光奉行所跡。江戸から明治・大正、そして今にかけて、この場所がどのような変遷を辿ったのか。

江戸から明治。大きく世の中が変わった時に、

日光はどのように「守られた」のか
誰によって日光の魅力は再発見されたのか
世界的観光地NIKKOになるためには、どのような条件が必要だったのか

などを、大きく3つのポイントに整理してお話ししました。
…答えは、今後同テーマで開催の「日光ぶらり」でお話ししますので、ご参加をお待ちしております。笑
実際に歩きながら確かめて下さい!

ご参加いただいた皆様、ありがとうございました!!

<事務局>

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